プール

とても元気な
86歳の大叔母さん

増渕愛子





2023年3月7日、東京でのお話からの抜粋


「初めてプールに行ったのは小学生のとき。赤羽の近所に市民プールがあったの。全長20メートルのプールなんだけど、今はもうないわね。そこによく遊びに行った。飛び込んだりね。田舎に疎開して帰ってきた直後だったから、小学校4年生か5年生だったかな。戦争が終わったのは、私が小学3年生のときだから、そのくらいだったはず。当時はプールなんてあまりなかったね。プールはまだ珍しかった。友達や兄弟と一緒に行ったよ。プールは新しくはなかったけどね。私が来る前からあったみたい。当時のプールには塩素とかなかったのよ。足を蹴ったり、仰向けになって浮くだけ。それくらいしかしてなかった。」

「中学のとき、たまに王子のプールに行ったかな。水は井戸から直接引いていたから、とても冷たかった。その頃には、他に楽しいことがあったからね。今の浅草のビューホテルは、以前は国際劇場だったのね。美空ひばりさんや倍賞千恵子さんみたいなスターが出演していて、裏口に行って兄の名刺を見せると、兄は市の職員だったから、タダ券をもれえたの。だから、友達と一緒によく劇を観に行ったの。松竹歌劇団は宝塚みたいな女性だけの劇団でね。だから、中学のときはあまりプールに行かなかったかな。」

「またプールに行くようになったのは、60歳を過ぎてからね。本当に泳げるようになったのはそのとき。プールの会員になったのね。いるのは、年寄りばっかりよ。プールも古い。でもね、そこにいる人たちはみんな本当に親切だったよ。プールに通う人はみんな身体が健康だから、精神的にも健康なんだと思う。そこのプールに通うようになって、私の中の何かが変わったと思う。泳いだ後のみんなとのランチも楽しみだったしね。クラスは30人くらいかな。2時間くらい泳ぐんだけど、おしゃべりもたくさんしたのよ。その頃、ハワイに行きたかったからね。行ってもちゃんと泳げなかったら恥ずかしいと思って。先生がいて、水中で見てくれて、なぜ息しに上がれないのかを教えてくれたのね。水中で空気を全部吐き出し切ってないからだって。全部吐き出せば、自然と上がってくるはずだって。やってみたら、本当に出来たのよ。その先生は実は近所に住んでいて、時々彼にばったり道で会うと、恩を着せてくるのよ。私は彼のお陰で彼の奥さんよりも上手に泳げるようになったってね。でも、とうとうハワイに行ったとき、プールが全部、短くて、泳ぐスペースがほとんどなかったのよ。」

「プールの仲間は7人グループだったのね。夕食に何を作ろうかとか、夫の愚痴とか、くだらないことばかりおしゃべりしてたのよ。一番泳げてた時は、25メートルプールを往復して、2時間で1200メートル泳げたよ。でも古いプールだったから、結局閉鎖されたけどね。」

「2000年代に入ったら、新しいスポーツ施設が区内に建設されるという話が持ち上がって、当初はオリンピック選手やプロがトレーニングするための施設になる予定だったんだけど、一般市民も利用できる施設でなければいらないって抗議文が回ってきてね。もちろん私も署名したよ。議員さんもそれに賛同してくれて、この新しいプールがオープンしたときに私も会員になったの。でも、若い選手やプロのアスリートのためのプールだから、水がとっても冷たかった。普通の市民プールよりもずっと冷たくて、私には寒すぎた。だから、半年で辞めたのよ。」

「プールの仲間たちと一緒に、赤羽から川を渡ってすぐの川口で別のプールを見つけたの。川口サッポロ・プールというところで、今はもうないんだけど、私たちがそこに通っていた2年間は、サッポロビールの小さな缶が無料で配られていてね、いつも入るときに1本、出るときにもう1本もらうようにしてた。」

「私が60代の終わりの頃、赤羽駅のすぐそばにプールができて、プールの仲間たちとそこに行くようになったの。17年前のことね。7人の仲間のうち3人はまだ生きていて、今でも一緒にプールに通ってるよ。25メートルプールを平泳ぎで泳げた女性がいて、その人が一番泳ぎがうまかった。でも意外にも彼女が私たちの中で最初に亡くなった。韓国人の女性もいて、とてもいい人だったんだけど、彼女も早くに亡くなった。今でも一緒に行く女性の一人は未亡人で、私が住む坂の途中に住んでるの。彼女はもう泳がないけど、アクアビクスはやってる。私も今は100メートルしか泳げないけど、いつも45分のアクアビクスもやってるの。仰向けで泳ぐにはお腹の筋肉が必要だから、5年前にやめたけどね。」

「さっき、プールに通う人はみんないい人だって言ったけど、体が健康だと心も健康にだからね。でも、たまに意地悪な人もいるのよ。特にアクアビクスには意地悪な人がいる。人気のない先生のクラスが埋まらないと、生徒が普段は4列なのが3列になって、4列目の場所を予約した人が私のいる3列に来るのね。その人たちが3列目の空いている場所に入るべきなんだけど、ある女の人が図々しくも私の場所を取ろうとしたの!そこは私が予約した場所だと言うと、彼女は急に意地悪になったの。でも、私は間違ってないから、動かなかったわよ。それ以来、私たちは話をしないの。でも、彼女はいつもみんなに話しかけていてね、彼女はずっとおしゃべりしてる人なの。先生に何回か注意されたって聞いたよ。彼女は未亡人だから、外で話す相手がいないんだと思うのよね。でも、なぜ彼女が私の場所を奪おうとしたのか知ってるの。彼女は数少ない座れるシャワーを使うのが好きでね。授業が終わると、自分が真っ先にシャワーを浴びるために、人を押しのけるのよ。そういう自分勝手な人なの。でも私は気にしない。私は、トイレの近くの場所が必要なの。女の世界って、厳しいのよ。クラスには男性が2人いる。本当に不器用で、見ていて面白いよ。でも、そのうちの一人がすごく上達したのよ。だから一度、彼のところに行って、“上手になりましたね!”って褒めたら、喜んでたわよ。」

「坂の下に住んでいる未亡人の仲間は、電球の交換が必要なときとか、私の方が背が高いから、何か届かないときとか、いつも私を呼ぶの。私はできる限り彼女を助けるようにしているの。最近は、“私より先に死なないでね”って言われるよ。彼女は私より5カ月だけ年下なんだけどね。もう一人の仲間は私より2カ月年上。私達はみんな同い年なのよ。」


モトコは今でも毎週2回プールに通ってる


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